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近松は肥前国生まれ?

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『著作堂一夕話』(『日本随筆大成(新装版)・第一期10』昭和50年9月、吉川弘文館による)
《遊学》姓は杉森、名は信盛、平安堂巣林子と号す。越前の人、【一説に三州の人。】少(わかう)して肥前唐津近松寺に遊学し、後洛に住す。京師の学医岡本一法子の兄也。年耳順を過て、享保九年十一月廿二日没。墳墓しれず。摂州久々智【神崎の隣村也。】の広済寺、過去帳に法名あり。阿耨院穆矣日一具足居士といふ。この戒名は近松世にありし日設おきたる也。そは辞世の詠草中に見ゆ。【終焉の地は大坂なるべし。】予浪花に遊びし時、歌舞伎狂言作者並木正三を訪て、その筆記する所の戯材録を一覧して、近松が事迹をしれり。
【   】は割注を、/は改行を、それぞれ表す。
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