棒

近松は肥前国生まれ?

棒

『卯花園漫録』(『日本随筆大成(新装版)・第二期23』昭和49年12月、吉川弘文館による)
《遊学》近松門左衛門、姓は杉森、名は信盛、平安堂巣林子と号す。越前の人、【一説には三州の人、】少して肥前唐津近松寺に遊学し、後還俗京に住す。京師の学医岡本一抱子の兄也。年耳順を過て、享保九年十一月廿二日没す。墳墓知れず。摂州河辺郡東富松村久々智【神崎の幡村也、】の広済寺過去帳に法名あり阿耨院穆矣日一具足居士といふ。此戒名は近松世にありし日認おきたる也。今は辞世の詠草の中に見ゆ。【終焉の地は大坂なるべし。】予浪花に遊びし時、歌舞伎狂言作者並木正三を訪て、その筆記する所の戯材録を一覧して、近松が事迹を知れり。
【   】は割注を、/は改行を、それぞれ表す。
戻る

棒

近松研究所のホームページに(戻る)

園田学園女子大のホームページに(戻る)