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近松は伊予国生まれ?

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『名家談叢』(『国語国文学研究史大成10・近松』昭和39年10月、三省堂による)
近松門左衛門信盛は、本姓杉森氏にて、伊予国松山の産。平安堂又巣林子の号あり。若かりし時しばらく京家に仕へしが、故あつて肥前唐津の近松寺に入り、しばらく禅法を修し、又一変して京に登り、都万太夫が座の歌舞妓狂言を作り、毎度新奇妙案を出せり。夫より大坂竹本筑後の操座の浄瑠璃を文作するに、趣向意外にいづれば諸人これを感心なす。近松が新浄瑠璃とだにいへば其芝居究めて大入なりしとぞ。生涯に二百余番の院本を綴る。碩才凡ならざるを知るべし。于時年七十二歳。
【   】は割注を、/は改行を、それぞれ表す。
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