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近松は長門国生まれ?

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『増補浄瑠璃大系図』(『演芸資料選書6・増補浄瑠璃大系図・上』平成5年3月、日本芸術文化振興会による)
近松氏は元長州萩の士族にして杉森平馬といふ故有りて肥前の国唐津近松禅寺に入りて僧となり名を義門と号す学文のひまにふと思ふには所詮一寺の主となる共衆生化度の利益薄しと大悟し雲水に出て西京に至り肉縁の弟岡本一抱子が元に尋行て爰に暫らく寄宿を致すなり尤実兄は日本五山の一寺万年山相国寺の長首座といふ老知識なり此方へは立ちよらずして窃に還俗して一条関白家に奉仕致し筍六位を給はり杉森伊勢の助藤原信盛と名乗る也老後に仕官を退きて東山建仁寺の寺中の宣院に身退き閑居して近松門左衛門と改む/伝に曰近松門左衛門と改名して名乗る事は昔自ら肥前近松寺にて義門と云し頃同寺僧侶の内に罪ありて寺門の側にて刑せられし事あり我も出家を破り俗と成し其いましめの為に自ら近松寺の門をかたどりて近松門左衛門と称せしよし
【   】は割注を、/は改行を、それぞれ表す。
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