経験から学びに変える[経験値教育]

教員インタビュー

#06

人間健康学部 食物栄養学科中野 博文教授

ちょっとつらい“本物の実験”を
経験してほしい

中野ゼミは食の安全を守る食品衛生学のゼミです。同ゼミでは実験を行うことが多いのですが、中野教授は「実験にはほぼうまくいくことが分かっている実験と、まず失敗するのが当たり前と思っておいた方がいい実験がある」と言います。その違いは何なのでしょうか。お伺いしました。
先生のゼミは実験が多いと伺いましたが、ゼミに入る前の1年生や2年生向けにも実験の科目を担当されていますね。

はい。私どもの学科(食物栄養学科)には実験を行うゼミがいくつかあります。また、ゼミに入る前の1、2年生にも、基礎的な実験のやり方や知識を習得するための科目を用意しています。例えば、1年生向けの栄養学実験ではタンパク質や糖質の性質を調べたり、ビタミンなどを定量する実験、2年生向けの食品衛生学実験では食品の鮮度や食品中の添加物や細菌を検査する手順やその注意点を身に付ける実験などを行います。

こうした実験はだいたいうまくいく。そういうレシピ(手順)を用意しているからです。いわば料理番組を見てその通りに作ることに似ています。中学や高校のときの実験と同じです。ですから学生さんたちも「実験はうまくいくものだ」と思ってしまう。それは無理もないことなのですが・・・

想定していることと違う状況に出くわすということですか。

ええ。ゼミ生になって“本物の実験”をやるようになったときに、ときどき頭を抱えることがあるようです。

どういうことでしょう。2年生までの実験と“本物の実験”は何が違うのですか。
食物栄養学科 中野 博文 教授

食物栄養学科 中野 博文 教授

1、2年生の実験は、今お話ししたように、やり方や知識、あるいは基礎的な技術などを習得するためのもので、うまくいくレシピが用意されています。一方、ゼミでやる実験は研究のための実験です。研究とは、これまで誰もやらなかったこと、分からなかったことを明らかにすることですから、実験も初めての実験であったり、結果が予想できない実験がほとんどなのです。うまくいくかどうか分からない、もっと言えば、出てきた結果が正解かどうかもわからない。そんなこともあるわけです。

「こうしたらこうなるのでは?」「もしかするとこんなことが分かるかも」と予測することからスタートして、自ら考えた手順に従って実験を進めます。すんなりと思い通りの結果になることは少ない。まず失敗します。私たち研究に慣れた者にとってそれは当たり前のことなのですが、「実験は一度でうまくいくものだ」「答えが出るものだ」と思っている学生さんは気落ちして、だんだん元気がなくなってしまうのですね。

また、すぐに結果を出したがる学生さんもいて、「何が悪いのでしょう」「どうしたらうまくいくか指示をお願いします」と私のところに助けを求めに来ることもあります。

なるほど。“本物の実験”はうまくいく保証がなく、失敗が当たり前。そう考え方を切り替えないと、学生さんはつらいと感じてしまうということですね。

そうなのです。一方で、そのハードルを越えた先には成長があると信じています。

例えばこんな実験をしました。ひと晩寝かせたカレーはおいしいといわれますが、ときに食中毒を起こします。温め直してもダメ。それは熱に強い芽胞というものを作る食中毒菌がいるからなのです。こうした菌を抑える方法はないか調べることにしました。ただし、食中毒菌を扱うのは危ないので、同じように熱に強い芽胞を作る納豆菌を使って実験を始めたのです。

芽胞の形成や発芽を抑える方法をいくつか考えては試す。効果がないとまた別の方法を考えて試す。それを繰り返すのですが、思うような効果はなかなか得られない。あるゼミ生は「失敗の連続で心が折れそうになった」と言っていました。

けれども担当したグループは忍耐強かった。みんなで励まし合って実験を続けたのです。するとある時、思いがけない条件で成長が抑えられました。けっして大きな効果ではありませんが、このときは「超うれしかった」と話してくれました。

必要以上に失敗を怖がらず、みんなと一緒に工夫して“本物の実験”に忍耐強く、地道に取り組んでいってもらいたい。そんな体験をすると、きっと学生さんたちの経験値は一つずつ、アップしていくと思います。

お話を聞いていて、社会の厳しさに通じるお話にも聞こえました。社会には“うまくいくレシピ”が用意されているとは限りません。社会に出る前に大学で“本物の実験”を経験することで、一足先に社会の厳しさを体験するのかもしれませんね。今日はすてきなお話をありがとうございました。
人間健康学部 食物栄養学科中野 博文教授
「飲食物によって引き起こされる衛生上の危険性から私達の健康や生命を守るためには、微生物や食品成分の変化、衛生的な取扱い方法、容器・包装や添加物などについて、幅広い知識や経験が必要です。食の安全・安心を守る基本を一歩一歩身に付けていきましょう」