岡山から瀬戸大橋を渡る快速マリンライナーに乗って着く終着駅が四国高松 である。四国の表玄関である。現在は駅舎がヨーロッパ風で、駅近くには高層ビルが 立ち並ぶ。都会的である。今回はOB会のついでによるので、青春十八切符の期間が 過ぎていたので、ジパングで往復割引が適用される区間の芦屋・高松往復切符である。 裏が黒い磁気の普通切符である。高松から目的地の引田(ひけた)まで「IKOCA](カード) で乗り降りすればいいやと気楽に考えていた。一旦、改札を出るので、自動改札口に向かう。 「無い!?」昔ながらの、駅員が立っている改札である。「信じられん!」
駅の料金表を見る。引田まで920円。下に赤字で510円とある。小人料金にしては高すぎる。 注意書きに「赤字は特急料金」と書かれてある。
駅員に、「引田まで行きたいですが」と尋ねる。 「え〜と、12時50分に徳島行き特急「うず潮」、12時58分普通列車があるね。」 「じゃ、その特急ですね。」特急料金が設定されていると言うことは、特急が停まるのだ。
「50分の特急は引田には停まりません」
「えっ!。じゃ特急料金は何故あるんですか?」
「停まる特急もあるからです。」
「58分の普通列車の次は?」
「二時台までありません」
なんとローカルなことよ。徳島まで特急が走る路線ですよ!特急が・・・・。 結局、12時58分発。引田行普通列車に乗る。終点だから、居眠りして 乗り過ごす心配はないわけだ。
と言うことで、普通列車でコトコト引田までのんびり行く。 まさか、こんなに本数が少ないとは予想もしなかった。広い道路が 出来て、車で移動する人が多くなったからなのであろうか。

江戸の町並みのある「引田(ひけた)」まで普通列車で1時間10分、特急だと その半分で着くが、特急によっては停車しない列車があるので要注意である。 普通列車の一両の場合は、後ろ乗り前降りでバスと同じである。乗車位置を 確認しておく必要がある。引田駅は無人駅で、運転手が切符を受け取る。 駅舎は喫茶店「カフェド・カンパニュー」になっている。。観光案内も兼ねているようである。 店はクラシック調で店内に流れるミュージックもクラシックで、時が後戻りしたようである。 「時間があったら、帰りによりますから」と町歩きマップと道順を教えていただきく。
駅の正面から真っ直ぐに延びる道路のつきあたりで右に曲がり、さらに「へんろみち」と 彫られた道標(道の角にある)の所で左折すると江戸の古い町並みが見えてくる。 平屋のように見えるが、軒下に明り取り窓が見えるから、中2階になっているらしい。
泉屋 松村家 日下家
泉屋
江戸時代中期から続いている海産物を本業とする傍ら酒タバコの小売をする 商家であった。欅無彫の一枚板が入った風変りな欄間、裏庭に残る樹齢200年 前後になる老目樫や木斛(もうこく)の老木が時代を推測させてくれる。
杉村家
先祖は江戸時代の中期より村内魚の棚において「多嶋屋」の屋号で魚の卸商を 営んでいた商家である。店舗・屋敷が南北に区分配置され重厚な外観、気品のある 屋内庭園と合わせて江戸商家の特色を残している。
日下家
代々にわたり大内郡の大庄屋と引田村及び馬宿村の庄屋をつとめてきた。現存する 数少ない庄屋屋敷として文化的価値が注目されている。文書によると、庄屋の下に 町頭を置き、90軒にあまる商店を取り締まっていた。
讃州井筒屋敷
井筒家の歴史は古く、元禄五年に引田浦にて醤油製造業を創業、当時は関東地方まで ”引田醤油”の名を広めていた。大正二年より新たに清酒に醸造を開始、東讃(香川県東部) 隋一の地主・商家として繁栄していたが、平成九年頃から空き家となり、建物の存続も危ぶまれる 状態となる。
「東かがわ市の貴重なざいさんをなんとかしたい」という住民からの強い請願により、平成十七年二月 歴史的なまち並み景観を活用した観光交流の拠点施設「讃州 井筒屋敷」として再生した。(パンフ レットより転載)
井筒屋敷(写真左)の受付のある南門をくぐると正面に広い中庭が見える。左側に 白壁の蔵(一〜五)が立ち並ぶ、右側は屋敷で帳場が受け付けである。母屋見学は 有料(250円)だが、ボランティアガイドが案内してくれる。今日は、目のくりっとした 可愛らしい女性である。グッと楽しい気分になる。
帳場 商標看板 母屋 母屋から見た御成門
屋敷のいり口を入ると右手が広い帳場である。
「ここでとりひきの事務が取られていました。上に掲げてあるのが当時の 商標の看板です。」
「立派なものですね」
「真っ直ぐ進んでいただくと奥座敷です。黒ずんでおりますが、竹塀のある 御成門からお客さんが出入りしていました。傍にある石柱は当家の主人が 橋桁を模してこしらえたものです。」
「へぇー。竹で作られた塀とは珍しいですね。言われなければ、ただの汚れた 石塀と思うところでした。」
奥座敷から引き返して母屋に入る。
「ここから庭の奥に見えるのが、ホルトの木です、」
「ホルトの木?}
「詳しくは分かりませんが、ポルトガルから持ってきたらしいですよ。樹齢200年です。」
「樹齢200年とは凄いですね。木も高くて大きし、立派ですね」
母屋から右に折れて茶室に入る。
「床の間はふすまで出来ております」
「あっ!なるほど。これも珍しいですね。」
それぞれの座敷から見る中庭はそれぞれ違った景観であり、この点もよく工夫されて 造られていると感じた。
竹塀(縦編) 竹塀(斜め編) ホルトの木(後方) 中庭と五の蔵
井筒屋敷の五つある蔵には名産品店、アンティーク店、飲食店から虫(くわがた)を売る店、 ちわわ専門店(ブリーダーがいる)まで特色あるお店が入っている。 あんまり知られていないけど、すごい!いろいろと揃えたものである。勿論、物産館もある。 母屋見学だけでも時間がとられる。しかも、自分の好きな座敷でお手前をいただくこともできる。 すごい、サービス満点である。中庭は広いし、各蔵を巡れば、時のたつのも忘れてしまいそうである。
西門(中庭から) 御幸橋と誉田神社 かめびし屋
西門から外に出て、右のほうを眺めると赤い塀の建物が井筒屋敷に続いている。 「かめびし屋」という、醤油製造業の屋敷である。かめびし屋の先に朱色の橋と 鳥居が見える。御幸橋の向こうにある誉田八幡宮ある。川はすぐに海に注いでいる。 引田町は海に近い町なのである。そういえば、パンフレットに「風の港」と書いてあった ことを思い出した。御幸橋は「しあわせの赤い橋」とよばれており、誉田八幡宮は 秋の大祭には「投げ奴」が見られると「お散歩マップ」にあった。
醤油屋の路地 元引田郵便局(現喫茶店)
井筒屋敷とかめびし屋の間の路地も白と赤の対象が面白く、ちょっとした眺めである。 江戸の町並みの途中にはレンガ造りの元引田郵便局の建物が目に付く。玄関前の 昔の丸くて赤い郵便ポストも現役として健在である。現在、局社は喫茶店になっている。 内は改造していないから元の事務所のままである。まだ、海岸通りも見たかったが、列車の 時間もあり、駅に向かう。
駅に戻り、列車の時刻まで時間があったので、カフェド・デ・カンパニューで一服する。 「御蔭で、迷わずに行けました。有難うございました」と礼を言う。
14時35分で高松に戻る。帰りは、特急にしようかと思ったが、510円がもったいなくて 普通列車にする。途中、三本松というところで特急待ちで停まったので、高松からの乗り継ぎを 考えて、510円を車掌に払う。特急だから、なんぼなんでも4両編成だろうと待っているところに 滑り込んできたのは、2両編成だった。「やっぱりローカルなんだ。普通列車のほうが内部は きれいかった。「まぁ、こんなものかもしれんと」と帰路に着いた。

参考文書

1.各屋敷の説明  説明板より転載
2.Sanshu izutu yasikiパンフレット
3.引田歴史町並みチラシ
4.引田歴史町並みお散歩マップ

文と写真 上野栄三