朝10時過ぎから降りだした雪は昼をまわってからもどんどん降り、 あたり一面真っ白一色で塗りつぶされてしまった。いままで、大雪警報が 出たことはあったが、降らなかった。今回も、その手ではないかと思ったが、 考えは甘かったようである。近鉄電車の窓から見る景色は雪だらけである。 左の写真は雪で覆われたかんす塚古墳。
本日の古墳見学会は10時〜15時である。近鉄飛鳥駅に着いたのは14時35分で あった。後、35分しかない。現地は駅から北西に徒歩15分である。何とか間に合いそうだが、 雪が降っており、おまけに積もっている。滑りやすい。15分で行けるか自信がない。 駅に張り紙があった。「現在かんす塚古墳見学3時間待ち」。わっー、大変だ。案内係の人が 「それは12時ごろで、今は山から大勢下りてきているから、そんなにはかからないよ」と いわれた。ここまで来たら、行くしかないと駅をあとにする。
「あそこに道案内の人が立っているでしょう。あの人の所から右へ川沿いにいくんです。」 見学を終えて帰ってきた人が道順を教えてくれる。川沿いの遊歩道を歩くわけであるが、 川沿いというのはいちばん雪が溶けにくいところである。大勢人が通った後なので、じゅくじゅく である。靴下の上にビニール袋をかぶせて靴を履く。水が入ってきても靴下が濡れることは無い。 遊歩道が終わり、線路を横切って山へ登る舗装道路を行く。シャベルカーが道路上の雪を除いている。
かんす塚古墳説明板より
石室からは金銅製装飾金具や金銅製馬具の一部が出土し、さらに凝灰岩の破片が出土しており、 本来は家形石棺が安置されていたと考えられる。築造時期は明確ではないが六世紀後半頃と 推定される。
かんす塚古墳は峠の頂上より右側の山に入って少し行った所ある。 周りは雪に覆われて畑と小道の区分が分らなくなっている。塚の手前から人が並んでいるのが みえる。色とりどりの傘の列である。山道からさらに小道に入るところに受付があり、パンフレットを 貰う。午前中はここまで来るのでも大変だったらしい。すぐ傍のこんもりした所がかんす塚である。 「大分、空きましたから10分ぐらいで中に入れるでしょう。」と係りの人が知らせてくれる。
真弓かんす塚古墳
直径約40m石室の幅は4.4m長さ19m高さ4.7mドーム型天井で南北に出入り口があり 蘇我馬子の墓とされる石舞台古墳を凌ぐ大きなものである。被葬者は東漢氏の首長かまたは 蘇我稲目ではないかと節が分かれている。約400個の石材の築造は相当な技術であると 評されている。
入り口にたどり着くまで2回ストップがかかる。石室内は12〜3人位しか入れない。 見学用に足場が組んである。だから、一列になって中に入る。足場は底辺部より 高くなっているので腰を屈めないと入れない。(写真左)出口からの足場は急で 滑らないように慎重に歩を進めなければならなかった。(写真右)
ドーム上の天井は高く(上写真左)、側壁(上写真中)の石組みで、大きな一枚岩(上写真右)を 支えている。その技術は素晴らしいものである。また、こういった石室を人を使って築造した権力者 は大したものである。この権力者(豪族の首長)が蔭から当時の天皇を支えていたものと思われる。
奥室からは石棺材に使われている凝灰岩(写真左)が見つかっている。さらに、過去にあった 地震の跡と思われる岩の亀裂がある。色々と過去の様子が窺い知れる遺物が出てきているのが 興味深い。
石室内の見学時間は12〜3分であったが、巨大な内部には驚かされた。 帰りに、一緒になった人は「12時に着いて2時間待ちました。雪がざんざん降っている中」、と言われました。 私は終了時間前だったので20分待っただけで見学できたのは幸運であった。帰りには、雪は雨に変わって いた。小川沿いの遊歩道にはまだ残雪があった。

参考文献
1.見学会説明資料
2.産経新聞・読売新聞の記事

イラスト・写真・文・・・・・・・上野栄三

史跡・遺跡・遺構を訪ねて(タイトル)

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