岩国錦帯橋平成の大架け替え(第四橋現場)

1953年再建以来の50年ぶりの架け替えである。 土台はそのまま橋げたの部分を新しく松、桧(ひのき)、欅(けやき)を使って 組んでいく大作業である。昔ながらの工法だ。

南(岩国駅)側から見る 北(城)側から見る

岩国錦帯橋は1600年始めに初代藩主吉川広家が橋を架けることを提案し、 二代目藩主広正の時代に何度も流失の憂き目にあい、三代目広嘉によって 流れない橋が1673年9月30日に完成、10月3日に渡り初めをした。
しかし、1674年(延宝二年)の洪水により、流失した。同年10月再建。以後 276年経過したが、1950年キジア台風で又も流失、1953年再建。今回は それ以後の大架け替えである。橋脚(石造部分)はそのままで、木造部分だけ を造りかえる。

木組みの工事現場

普通工事現場はシートで覆い、関係者以外は見れない。 今回は特に橋のすぐそばに迂回路を設け、一般に公開されている。インターネット でも現在の状況がみれるようになっているが、すぐ目の前で見れるのが一番よい。
工事は冬の流量の少ない時期12月から3月の4ヶ月 に行われる。それでも、川床面には土嚢を積んで万が一に備えている。迂回路には 冬でも連日木組みを見に来る人がカメラを構えている。
岩国側より見る 木組みの様子 城側より見る
巌流ゆかりの柳 香川家長屋門
三宮〜岩国・青春18切符・山陽本線乗り継ぎ大作戦
今回の岩国行きは目的が二つあった。南岩国にある岩国市立中央図書館で旧山陽道の資料を 手に入れることと錦帯橋架け替えの現場をみることである。そのために、岩国で2時間の余裕が 欲しかったのだが、結果的には、1時間30分しかなかった。岡山発9時43分岩国行きでも岩国に 13時22分に着くのであるから、岩国だけだったら、それでもいいのである。
三宮はつ7時11分の網干行新快速に乗り、姫路でおりて3分間で7時55分発三原行き普通に乗る。 この電車の岡山着は9時19分で、9時11分の徳山行き快速にが8分差で乗れない。そこで、9時11分 に間に合わせるために、相生〜岡山間を新幹線を使って時間を稼ぐことにした。この区間は新幹線の 特定区間で特急料金が安い。それでも、普通乗車券とあわせて2050円は要る。もったいないが、 しかたがない。
9時11分の電車は南岩国まで行く。南岩国12時45分着。
南岩国13時34分発で岩国に戻る。13時38分着。
岩国駅前からバスで錦帯橋へ。14時着。30分で橋を往復。架け替えをデジカメで撮る。
錦帯橋14時30分発の「いちすけ号」(市電型レトロバス)でJR岩国駅へ。
岩国着14時50分岩国発15時9分岡山行に乗車。
途中、福山で快速「サンライナー」(座席がゆったりしている)に乗り換え岡山へ。
岡山で18時45分着の15分停車,19時3分発姫路行に乗車。
姫路までの途中、相生にて遅れて出る新快速に乗り換えると三宮着21時10分である。
以上が今回のスケジュールであったが、平日である。しかも、冬の18切符期間(12/10〜1/20) であるので、楽に座っていけるが、春の期間(3/1〜4/10)は混雑するものと思われる。
いちすけ号
藤岡市助博士は幕末の1857年、岩国市錦見で生まれ、明治8年 工部大学(現東大工学部)に入学、明治11年3月25日アーク灯の点光に成功。日本で 初めて電気がついた日となった。明治41年、故郷岩国に岩国電気軌道株式会社と火力発電所 を設立し、中国地方で初めての電車運行を始めた。いちすけ号は明治42年〜昭和4年まで岩国 市内を走っていた路面電車をモデルの製作されたレトロばすである。(岩国市観光課パンフレットより)
いちすけ号 いちすけ号降車口
いちすけ号内部後ろ座席 いちすけ号内部前側
岩国市内にはいちすけ号のほかに普通のバスと市内の一定区域を 走る100円バス「くるりん号」というのが運行されている。大都会では100円では交通機関に乗れないが、 地方都市に来ると100円の値打ちがあがるのがうれしい。橋を渡ったすぐ左土手の「巌流小次郎ゆかりの木」 があり(前掲写真)城にむかって公園(写真中央)の右側に初期の頃の郵便ポスト(写真右端)がある。 公園の奥、右側に247年まえの江戸時代の武家門造の典型として現存する香川家長屋門(前掲写真) がある。
その他の錦帯橋の写真

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