青春18切符による日帰り旅行は岡山県倉敷市の児島から下津井港までの下津井電鉄 廃線跡を歩きに行く。JR尼崎駅を7時53分発の姫路行き新快速に乗る。平日なので、通勤ラッシュで 混んでいる。姫路で岡山行き普通電車に乗り換えるが、8月後半になると旅行客が多くなり、混んでいるので 相生で降りて、赤穂線回り岡山にいく。この方が何ゆえか空いていてゆったりできる。穴場である。時刻表の路線図が赤穂線が 遠回りのように描かれているせいである。たいして。所要時間は変わらない。岡山駅の手前の踏み切りで、非常用信号が 作動、電車が止まる。瀬戸大橋線への乗り換え時間が気になる。車中のおじさんが「1週間前も誰かが非常用ボタンを 押して電車を止めよった。」と言っていた。結局、遅れて岡山駅に着いたが、マリンライナーが発車時刻を遅らせてくれたので 12時過ぎに児島に着く。岡山駅で買った弁当を児島駅コンコースおベンチに腰掛けてたべる。あとで、見学に行く 300坪の凄い屋敷(塩田王野崎旧宅)に立派な休憩室があったのだが、あとで知った ことである。児島駅コンコースにある観光案内所の女性が丁寧に風の道と野崎旧宅への道順を教えてくれる。
野崎旧宅に1時間、風の道はゆっくり歩いて下津井港まで2時間、計3時間あれば十分ですと言われて、まずは野崎旧宅 へと歩きだす。

下津井電鉄児島駅跡 駅構内の路線図
風の道表示板 風の道の始まり 架線の鉄柱が残る
児島駅を西側に出て大通りを右に曲がり、武左衛門通りで北西に白鳥橋の下をくぐって 天満屋ハッピータウン児島店が右にある交差点を渡ると、左側にシモデンツーリスト児島 旅行センターがある。そこが元の児島駅である。昔はもっと東の大正橋あたりにあったようである。 線路が無いだけで、電車が止まっていても全く違和感が無いホームである。路線図も残っている。 中に入れるが、プラットホームを突き抜けると、金網の塀があり外に出られない。よって、風の道は 金網の外から始まるのである。この出発点は近くにある郵便局を目印にすると辿り着くことができる。
両側が花で埋まる廃線跡 備前赤崎駅跡 阿津駅跡
琴海(きんかい)駅跡 児島競艇場が見える 瀬戸大橋への道の下をくぐる
風の道は鷲羽山の麓までは土の道で両側に花が植えられていて目を楽しませてくれる。 阿津駅を過ぎると東下津井駅まで舗装道路である。琴海(きんかい)駅にさしかかると 左下の海に競艇場が見える。ボートのある日はモーター音やかましい。橋に向かう道路の 下をくぐるとホームがカーブを描いている鷲羽山駅で瀬戸大橋が近くに見える。瀬戸大橋は 自動車と鉄道が走るので大きい。橋を渡る電車が模型のように感じられる。
曲線が描く鷲羽山駅跡 瀬戸大橋が大きく見える 東下津井駅跡
下津井駅へ向かうカーブ 岡山への道標 港近くの四松神社
東下津井駅から電車は山の中をとおり下津井港の西端に出るので、今回は東下津井駅から 下に降りることにした。途中、「岡山へ」道標があった。昔、ここで船を降りた人がここから 岡山に向けて歩いていったのであろう。港近くに、「四松神社」がある。本殿に向けて階段が 続いている。波止場で作業しているひとに、廻船問屋(かいせんどんや)の場所を聞いて、 そこに向かう。
下津井電鉄
下津井港は昔四国にある金毘羅詣でで栄えた港である。ここから連絡線が四国高松へ 向けて出ていた。JRの前身である国鉄(国有鉄道)宇野線(岡山〜宇野)ができるまで 茶屋町から下津井までの20.9キロを下津井軽便鉄道が走っていた。大正3年に開業し、 昭和24年に電化し、下津井電鉄に改称した。その後、宇高連絡船の運航に寄り乗客が 減り、昭和47年茶屋町〜児島間が廃止された。(現在この間はサイクリングロードになっている。)
平成元年児島〜下津井間6.5キロも廃止され、しばらくそのままだったが、倉敷市が廃線跡を遊歩道 につくりかえた。過去の駅のプラットホームがそのまま残してあり、架線の鉄柱も所々、残してある。

2003.8.27歩く  写真と文  上野 栄三