木谷集落から伊里川を渡り右折して、浄光寺の北を南西に伊里中集落を 旧山陽道は通って進んでいく。左手の小さな池を過ぎると、観音寺山から 降りてくる山道と交わる角に一本松観音堂が目に入る。「この観音堂はもともと山頂 にあったものを下までもってきて、ここに祀ったものなのです。」と地元の人が 話してくれました。
伊里中集落(西向)

観音堂からしばらく行くと、左側に藤の茶屋跡の表示がある。昭和45年頃に 焼失して、現在は当時をしのぶ何もない。いまは、個人の家の敷地になって いる。家の裏側は、国道2号線である。車の騒音がすさまじい。国道2号線に 合流し、坂をくだって行く途中に片上一里塚が国道の左側に見える。東片上 である。
一本松観音堂
片上一里塚手前の国道2号線 片上一里塚跡
備前焼山麓窯横桜 立石集落(西向)
片上一里塚から南西北行に降りてきて、新幹線のしたをくぐり、山の麓をJR赤穂線 と並行に南西に向かって進む。立石集落を過ぎてJR赤穂線の南側にでる。途中、 道の曲がり角に題目石がある。普通ならば、見逃してしまうところである。国道2号線 にかかる歩道橋の手前に天神社がある。集落の名前も「天神」である。
題目石 天神社
天神社の狛犬(うん) 天神社の狛犬(あ)
天神社を出て、すぐに国道2号線を歩道橋で渡り、JR 赤穂線塩谷踏切を横断すると、道は右にカーブし備前市役所のある町通りに 入って行く。しばらくすると、右側に日蓮宗法鏡寺が見えてくる。法鏡寺門前に 題目石と並んで藤原蕃爾住居跡の説明版がある。
藤原蕃爾住居跡・日蓮宗法鏡寺
藤原蕃爾氏は直木賞作家で著書に「秋津温泉」 「罪な女」等がある。特に「秋津温泉」は岡田真里子主演で映画化された奥津温泉 でロケが行われたことで有名である。常夜燈は「山陽道」(岡山県教育委員会発行) のなかの地図にでているのだが、寺の中の階段を上がったところにあるので、道路 からは見えない。
法鏡寺内の常夜燈(文政年間)と石書経王塔
片上宿跡 宇佐八幡宮
旧山陽道は備前市の町通りを、市役所の北側で抜けていく。JR備前片上の駅の 南側にでる手前に昔の片上宿のあった宇佐八幡宮がある。ここの狛犬も備前焼で ある。鳥居をくぐった左手に宇佐八幡宮開運桜がきれいに咲いている。ここで、定年 で郷里に戻ってきた男の人とその奥さんの二人ずれに逢う。主人の方は、これから 陶器を勉強して自分の窯をつくって焼き物に専念し、奥さんはパッチワークの趣味で 店を開きたいとこれからの抱負を語っておられた。なかなか、爽やかな夫婦との出会い であった。
宇佐八幡宮狛犬(あ) 宇佐八幡宮狛犬(ん)
宇佐八幡宮開運桜 津山街道(片上往来)標柱
八幡宮から家並みを抜けて西片上に向かう。狭い家並みの 左側に標柱があり、「刀工備州裕高造之宅跡と読める。これから西にかけて 備前長船といわれる名刀工が数多く出た所である。ここから片上湾に注ぐ流川の上手、 潮光山正覚寺のすぐ北側がJR西片上駅である。流川の東側のいえの塀沿いに 往還名主木屋岡嶋氏宅跡の説明版がある。
刀工備州祐高造之宅跡
西片上駅南側下の正覚寺 往還名主木屋岡嶋氏宅跡
旧山陽道が全盛だった頃、荷物の集配で繁盛した片上港である。 現在ではその様子は伺えそうもない。昔、難波まで渡し舟が出ていた頃、駆け落ち する男女(お夏清十郎)が追手に捕まったのもこの港である。流川にかかる宝来を渡り 南へ下がりすこし行って右折するとショッピングセンター「アルファ備前」 (閉店中である)の横に「片上本陣小国氏邸跡」という碑が建っている。碑だけで 説明版が無いので、昔の様子は分からない。アルファ備前の横から右折、またすぐに 左折して茶臼山の北麓を西に向けて旧道は赤穂線のトンネルの上を通って 国道2号線と合流することになる、
片上本陣跡 北之町集落(西向)
伊部から香登へ(大池の上の新幹線)