西片上北之町の茶臼山の麓を西へ上がっていく途中に 「お夏清十郎」で有名なお夏の墓が右側にある題目石のところを下がったところにある。 恋の道行きの途中、片上港で追手に捕まったお夏は清十郎が処刑された後、ここから 少し上がった峠に茶屋を開き、当初は大変繁盛したそうであるが、段々すたれていった ということで、現在は説明版で分かる程度になっている。お夏茶屋を過ぎると、JR赤穂線 のトンネルの上にでて、南西方向に下れば2号線にでる。途中の一里塚を過ぎて少し行った 交差点まで国道を横断する所は無い。
題目石のあるお夏の墓 お夏茶屋跡
旧山陽道はJR赤穂線の南側を通るのでお夏茶屋のそばを 通るのだが、丁度反対側JR線の北側にある国指定重要文化財の真光寺を見逃して しまうことになる。真光寺へ行くには、JR西片上駅西下のガードをくくっていかねば ならない。ガードをくぐり、左に折れて坂を上がって行くと、国道2号線にでる。 しばらく行くと花蔵院があり、その先に真光寺への入口がある。
真光寺鐘楼 真光寺本堂
真光寺三重の塔 真光寺三重の塔の屋根
御滝山真光寺は備前市西片上字寺脇にある真言宗の寺院。 奈良時代報恩大師の備前四十八ヶ寺の一つに加えられたという。境内には本堂のほか 三重塔(いずれも国指定重要文化財)、仁王門(市指定文化財)、鐘楼堂、鎮守堂、 などがある。僧舎は七院あったらしく、「行程記」にも記されている。現在は、自性院、 華蔵院の二院のみになっている。(「山陽道」岡山市教育委員会発行より)

備前市十景 とは、1.笹尾山の夕照 2.鏡石神社の暮雪 3.茶臼山・真光寺の春色 4.吉井川堰の落雁 5.閑谷学校の晴嵐 6.大滝山の秋月 七.伊部の煙雨  8.深谷の滝の夜雨 9.正楽寺の晩鐘 10.夕立受山・片上大橋の帰帆 をいう(備前市産業建設部商工観光課パンフレットより)

伊部一里塚跡 伊部東集落(西向)
旧山陽道をお夏茶屋を通ってくると、国道の南側歩道にでるので、伊部一里塚の 所に出てくるのだけれども、真光寺を見てくると北側歩道になり一里塚を車線越しに 見なければならない。車の通行量が激しいので、横断することは不可能である。 一里塚を過ぎてから交差点で旧山陽道は国道を離れて、備前焼の店が並ぶ町並み (伊部東集落)の入って行く。
天津神社 天津神社備前焼門
備前焼きの町に入って、しばらく行くと 右手に天津(あまつ)神社が見えてくる。鳥居の後ろの神門は備前焼に彩られている。 狛犬は勿論備前焼である。備前焼関係者の方々が作られた備前焼の角陶板(陶印) が境内階段横の壁を飾っていて見事である。
備前焼タイルを張った壁
天津(あまつ)神社の社殿は始め、浦伊部宮前に鎮座 されていたが、伊部に疫病が流行し、時の伊部村名主に神託があり、よって 天正7年(1579)、今の地に遷座したといわれる。医薬の神様、病気平癒の神様 である少彦名命(すくなひこなのみこと)と学問の神様、菅原道真を主祭神とし、 配祀は地主の神、大己貴命(おおなむちのみこと)と忌部の陶祖である天太玉命 (あめのふとたまのみこと)である。本殿は江戸中期の優美な一間社による神社建築 で、拝殿は元文三年(1738)に改築され、割り拝殿で絵馬殿を兼ねている。 (天津神社パンフレットより)尚、境内には備前焼の十二支の動物が散らばって 置かれている。探してみるのも面白い。
「備前焼は、日本六古窯の一つで別名伊部焼ともいわれ一千年の伝統をもつ工芸品であります。 釉薬を使用せず土と炎の芸術でゆっくりと日時をかけて焼き締めます。焼成は桟切(さんきり) ・胡麻(ごま)・窯変(ようへん)・火襷(ひだすき)等火の加減・温度で焼きが変化します。他の 焼物にない「侘」「寂」の多様な窯変が特徴です。」(備前焼のお店「陶吉」のパンフレットより) JR赤穂線伊部駅より北に向かいT字路を右に曲がったところにあるお店で店内は上の写真の ごとく備前焼衙引き立つようなインテリアルデザインの良いお店である。接客態度の良い好感度 100パーセントである。お店の責任者の許可をもらって写真を撮らせてもらった。ホームページに 載せますと言うと快く承諾していただいた。私の友達が小鉢を二つ買い求めたのですが、ハイキング 姿に関わらず丁寧に応対していただき、レモンティまで出していただき感謝の気持ちで一杯でした。 お店のホームページはこちらです。http://www.toukichi.co.jp
天津神社のさらに奥のほうに古来の忌部神社本殿が鎮座する。 忌部神社本殿から森の中を降りてくるとそのあたり一帯が昔の備前北窯跡 である。焼物の片割れが多く散らばっているが拾って持ち帰らないように注意書きがある。 伊部の町近くまで降りてくると現在ののぼり窯が目に付く。
公開されている天保窯の内部(史跡) 伊部駅前通 大池に向かう途中の茅葺の家
旧山陽道は伊部の町を通り、山陽新幹線の高架したを抜けると大池の北側にでる。 まるで内海みたいな広さがある池である。昔はよく氾濫し住民が困ったそうであるが、 現在は修復されている。この池の上を通る新幹線を眺めるということは他所では出来ないことである。 新幹線にのっている人はこういうところを通って行くということを果たして知っているのだろうかと思う。 何しろ、山陽新幹線はトンネルばかりだという印象を持っている人が多いからだ。
大池の西端の道路際にある「臥龍之松」の碑 「従是大瀧道」の道標 香登一里塚説明版
大内神社 地蔵堂 長姫神社
大池を過ぎてやや南西方向に進んでくると、大内集落のところでは旧山陽道と新幹線とJR赤穂線 更に2号線が重なりあうぐらいに接近している。こういう所もここだけである。香登本で旧山陽道は ほぼ西に向かう。JRと国道から離れる所に昔の一里塚の跡があり、大内神社がある。集落内を 西に進むうちに地蔵堂に出会う。JR香登駅が近くなってくる。駅近くに長姫神社がある
三石から香登までのコースはいままでで一番長いコース であると思う。このコースはJR三石駅(山陽本線)からとJR伊里(赤穂線)からと2回にわたり歩いた。 長姫神社から南に下り赤穂線の香登駅に向かったが一向に駅舎が見えない。それも道理、香登駅は プラットホームがあるだけで屋根がなく改札口がない。ホームへの階段があるだけ。雨よけの小屋の 壁に「香登駅」の表示があるのみで、近くに行くまで駅がどこか全くわからないのである。それでも、 ちゃんと自動券売機が一台あるのがさすが元国鉄である。

【参考文献】
山陽道 岡山県教育委員会歴史の道調査委員会(平成7年)
地形図「備前三石」「和気」「片上」「備前瀬戸」(いずれも2万5千分の1) 国土地理院発行
「備前瀬戸」 瀬戸市役所商工観光課発行
「備前焼 陶吉」パンフレット

文と写真  上野 栄三
古代・中世の山陽道